2007/10/17

GOTHを聞いてみる その①~GOTHとは何か~

昨日辺りから急にGOTHが聞きたくなり、BAUHAUSのCDをPCに入れて聞いていた。
ついでにITSでGOTH系の曲を何曲か買ったり。
正直、あまりGOTHは好きではないのだけれども。

GOTH・・・。みなさんはご存知だろうか。
もしかしたら洋楽ファンにとってもなじみの薄い言葉かもしれない。
たとえ知っていたとしても、欧米のヴィジュアル系でしょ?
と間違った認識をもたれている方は多いはず。
確かにある一面ではV系に近いのだけれども、似て非なる存在で、
GOTHは単純に白塗り、黒のアイライナーの化粧と黒づくめの衣装を身にまとっているだけの人たちではない。

もともとGOTHというのは英語で「gothic」と書き、日本語に訳すと「ゴート人風」という意味になります。
この単語自体に私達がイメージするGOTHのニュアンスは含まれてはいません。
では、どうして「gothic」が「黒づくめの衣装をまとう人たち」という意味に転換したのでしょうか。
そのルーツは、19世紀のイギリスで起こった「ゴシック・リヴァイヴァル運動」にあるかと思います。
もともとこの「ゴシック・リヴァイヴァル」というのは建築の分野ではじまったものでした。
18世紀の後半から19世紀初頭にかけて、イギリスでは12~13世紀のヨーロッパの建築様式、
つまり「ゴシック建築様式」を取り入れた建物が建てられるようになり、
ヨーロッパ中世の建築復興運動として盛んになります。
その運動は19世紀半ばになって建築の世界のみならず、
絵画、文学などあらゆる芸術の分野でも見られるようになりました。
例の『ドラキュラ』や『フランケンシュタイン』等は全てこの時期に書かれてます。
そう、私達が普段ホラー小説と呼んでいるものの原型は、全てこの時期に作られたものなんです。
実は、インテリアに興味のある人なら知らぬものはいない、かのウィリアム・モリスもこのゴシック・リヴァイヴァル運動の提唱者の一人として名を連ねています。
彼の、やたら自然回帰的なインテリアは、
単に自然を愛好するイギリス人的な趣味から生まれたものではなく、
イギリスの近代化・工業化による伝統の崩壊や自然破壊への反動から生まれたものであり、
文明化されていない中世への憧憬を表しているわけです。
つまりgothicとは「ヨーロッパ中世」を表し、今でもそのニュアンスはあまり変わっていない。

1980年ごろ、イギリスのパンク・ムーヴメントが一段落したころ、
小説「ドラキュラ」のような白塗り・黒装束の格好をして歌うミュージシャン達が登場してきた。
その流れを当時ポジティヴ・パンクと呼んだが、
その元祖と呼ばれるのが、前述したBAUHAUSというバンドなのです。
このバンドは今の日本ではあまり有名ではないと思う。
アメリカではまだ根強い人気があって、マリマンなんかそうとうな影響を受けていると思うんだけれども、
母国イギリスでは「キワモノ」扱い。まるで恥辱の過去のように扱われております。
しかし、ぜんぜん非難されるべき対象じゃないし、
若気の至りみたいに簡単に片付けられるものでもない。
このバンドを初めとするムーブメントが現れなかったら、
おそらく今の日本におけるヴィジュアル系もなかっただろうし、
欧米でのネオ・ゴスのムーブメントもなかったのだから。
単に「キワモノ」扱いするのではなく、もう少し突っ込んだ検証が必要である、
とわたくしめは思うわけですよ。

じゃあなんで彼らはこんな「ドラキュラ」みたいな格好をして歌うのか。
これは私見なんだけれども、キリスト教と関係があるような気がする。
ちょっと次のバンドの名前をよーく見て欲しい。

christian death、the cult、the load of the new church・・・。

なにか共通点が思い浮かびませんか。
そう、全てキリスト教にちなんだ名前になっているんです。
ここが重要なポイントではないかと思うわけですよ。
日本人にはぴんと来ないけれども、
キリスト教というのはヨーロッパ人にとっては未だに重要な位置を占めており、
その教義に縛られている人はまだ多い。
特にカトリック圏ではまだローマ教会の力が強いから、色々とうるさい面もある。
びっくりするだろうけれども、アイルランドなんて最近まで離婚が許されなかったんですよ。
キリスト教の重圧というのは想像以上に厳しいものなんです。
この自分達を抑圧するキリスト教的価値観に対するアンチ・スタイルが、
「GOTH」だと私は思うのですよ。

ドラキュラ、フランケンシュタインとは、
小説でもお分かりの通りみんなの嫌われ者として登場するわけで、 キリスト教から見れば異端ですよ。
そして、この異端というのは「黒魔術・悪魔崇拝」とも無関係ではない。
ヨーロッパ中世において(というかおそらく今でも)異端というのは「反キリスト」を表し、
「黒魔術・悪魔崇拝」とほぼ同義でした。
悪魔崇拝といえば、ヤギの頭をした悪魔や「サバト」なんかを思い浮かべますが、まさにその世界ですよね。
この悪魔崇拝とロックは意外な共通点がある。
カウンター・カルチャーとなりうるという点で。まあ、ツェッペリンがいい例ですけれども。
すなわちGOTHにおける白塗り・黒装束=ドラキュラとは「異端」を表し、
彼らはあえて異端を演じることで、既存の価値観へのカウンター・カルチャーとしての役割を担っているのですよ。
それがアメリカへ渡るとWASP的価値観に対するアンチ・テーゼへと変換されると。
そういう視点から見ると、マリマンのパフォーマンスも違って見えてくるはず。
GOTHもなかなか捨てたものではないと思うでしょ?

じゃあゴシック・ロックというのはどういう音楽スタイルを持っているか。
それは次回のお題ということで。

2007/10/12

不快と毒舌を取り違えてはいけない。

「ゴルファー上田桃子ブログ炎上で謝罪」スポーツ‐ゴルフニ�:

yahooのHPを見ていたときに偶然この記事を見つけた。
なんでも上田桃子が「情熱大陸」で発言したことが大問題となり、謝罪したらしい。
実は私もこの番組を見ていた。
私は彼女が例の発言をしたとき、正直「すごいことを言う娘だなぁ~」と思った。
にもかかわらず、さほど不快は感じなかった。
彼女がこう発言したことの裏には、障害を抱えた姉を支えるため
少しでも家計の負担を減らしたいという強い思いがあったためで、
前後の文脈をしっかり分かっていれば、それほど非難されるべき内容ではなかったかと思う。
しかし、それでも彼女には問題があったと思う。

最近、20歳前後の若い才能のある人たちの不用意な発言が目に付く。
沢尻エリカもしかり、亀田兄弟もしかり。
考えてみれば自分とほぼ同世代の子達ばっかなんだけれども、
私達って「自己主張はいいことだ」と教えられてきた世代だから、
自分のスタイルを貫くのがカッコいいとか、より個性的なほうが素敵と感じている人は多い。
多くの人がこれらの若い人たちに非難を浴びせる一方で、
私達の若い世代は逆にかっこいいと思ったりもする。
上田桃子に対してさほど不快感を感じなかったのはそのせいなのだけれども、
でも、毒舌と不快とを取り違えてはいけないと思う。

世の中にはわざと人を非難するようなことを言って大衆を刺激する人もいる。
いわゆる「毒舌家」と呼ばれる人たちだが、
その人たちは 確かに不遜な態度を取ったりするけれども他人に不快感は与えない。
あくまでも世相に対する皮肉を「不遜」という態度や言葉にこめているだけなのだ。
そこにはユーモアがあり、大衆への共感がひそんでいる。
しかし、沢尻エリカなどの発言・態度は明らかに「毒舌」とは程遠いものであり、
他人に不快感を与えるどころか、他人を嘲笑しているようにさえ感じられる。
「自己主張」というより「わがまま」に映ってしまう。
どうやら私達の世代は「自己主張」ということをとり間違えているようだ。
むしろ「自己主張」の真の意味をわかっていないのだと思う。
スポーツ界は競争の厳しい世界であり、より強い自我がないととてもやっていけない世界なんだろう。
ましてや国際レベルの協議だと外国人と対等に渡り合うためには、
必然的に自己を強くしなくてはいけないのも分かる。
それでも、イチローや松井などの選手が果たして上田桃子のような発言をしたことがあったろうか?
やはり彼女たちは若さゆえの未熟さがあったんだと思う。

自分もこのブログを始めて、結構きわどい発言をしたりしているけれども、
時にはあえて挑発的なことを書いているけれども、
自分の書いていることが他人に不快を与えていないか、始終考えている。
まあ、これを読んでいる人はそう思えないと思っているかもしれないけれども。
少なくとも自分なりには考えているつもりです。
たとえ素人が書いているものとはいえ、
そういう自分の書いていること、発言していることに責任が持てないようでは、
人様に自分の発言を読んでもらう資格はないと思うから。

戦後のアメリカ文化の輸入によって、
私達は自由放任とか個人主義とかを謳歌することができるようになったけれども、
いつからか意味を取り違えているようになってしまった。
これを機会に、今一度「自己主張」のあり方を考えてみるべきではないか。

と、私は思うのでした。

2007/10/03

ミュージシャンって・・・part2

勉強の合間の休憩時間に『crossbeat』を見ていた時のこと、一枚の写真が眼に飛び込んできた。
                   


「誰、このオヤジ?」
こんなメタボなオヤジ、ミュージシャンにいただろうかと訝しげに思いながら、
写真の下に掲載されたいた記事を読んでびっくり。

でっ、デクスター??? (・∀・;)

このヒト、デクスターなの???
そうなんです、このおっさん、何を隠そう、あのオフスプことoffspringのデクスター・ホランドだったんです!!!

うっ、うそでしょーーー!!!!

私は人目もはばからず、絶叫してしまいましたよ。
がーん、がーんとショックが頭の中を駆け巡り、しばし茫然。思考停止。

信じられーん  Σ( ̄Д ̄;)がーんっ!!!!! 

だって、だって信じられます? こんなメタボな、腹出てるオヤジがあのoffspringなんて。
『hit that』や『kids aren't all right』のクールで、硬派な名曲を作ったヒトが、
こんなオヤジなんて。
絶対、絶対信じられない!!!
これじゃあデクスターならぬデブスターじゃん
オフスプ、大好きなのに。アルバムだってたくさん持ってるのに。
なんで、なんで・・・とすっかりショックに打ちのめされていたものの、
考えてみれば、当方、オフスプのメンバーの素顔を見たことがなかったことに気づいた。
だって、だってさあ、メンバーの写真って、ここ最近みんなこんなのばっか ↓↓↓↓


↑↑↑↑ なんだもん!!! 素顔なんて分からないよ。
硬派で、クールなあんちゃんたちだと信じていたのに。
そして更に追い討ちをかけたのは、同雑誌の別ページに載っていた↓の写真・・・・


どうしてよ・・・。私は思ったね。

どうして外人のミュージシャンってみんな若い頃の体型を維持できないの !!!

なに? バンドで成功して食う物に困らなくなって、
栄養偏りっぱなしのジャンク・フードばっか食べてこうなったの?
それとも最近のバンドはみんな健全になってドラッグとかで身を堕としたりしなくなったから、
健全な生活をしてきた結果、こんなに太ったっていうのか????
どうして、どうして、どうしてーーーー!!!!
仮にも自分の姿を衆目にさらすのが商売でしょう? 
いい音楽を作ってりゃいいってわけじゃなくて、ヴィジュアルだって大事でしょうが。
ロック・スターってのはみんなに夢を与える存在なんだよ。
もちろん、セックス、ドラッグ&アルコールじゃなくてさ。
時には若い子達の憧れとなり、ファッション・アイコンになったり、時代の顔になったり、世界を救うヒーローや、女の子たちにとっては擬似恋愛の対象になったりする。
そういう存在がロック・スターなんだよ。
なのに・・・、なのにぃぃぃ。
この堕落っぷりはなんなのよ。
身体にとことん甘いことをした結果がこうなったって感じじゃんか。
もう信じられない!!!
本当にアメリカのミュージシャンってこんなのばっか。
だいいち、私が最も好きなミュージシャンの、kornのジョナサン・デイヴィスだって、昔は


こおんなにカッコよかったのに。
『freak on a leash』を歌っていた頃は少なくとも痩せていた。
現に『freak~』のPVを見て、ジョナサンの事を好きになったぐらい。
昔は無敵なほどカッコよかったんだよ 。゚(゚´Д`゚)゜。ウァァァン
それなのに、現在のジョナサンといえば・・・・↓↓↓↓↓


・・・・・…( ̄。 ̄;)

何なの。そのパンパンに膨らんだ、アンパンマンみたいな、デカイ顔わ!!!
しかもジョナサン、明らかにロバスミ御大よりも太るスピードが速い!!!
だってジョナサン、これでもまだ35だよ。信じられる? キムタクと同い年だよ?
御大だって35ぐらいのときはここまで肥えてなかった。まだ細かった(写真とPVで見ただけだけれども)。
それなのに、ジョナサン、御大よりも年老いてしまってどう見たって45にしか見えないよ。
信じられない。どうしたらこんなの太れるのか、そっちのほうが不思議。
DVDで見たように、クリスピー・クリーム・ドーナツの超あっまいドーナツをたらふく食べたからなんだろうか?(大箱二つを5人のメンバーで食してました…)
確かにアメリカの食い物って何でも甘いからな・・・って、そんな同情している場合じゃない!!!
アメリカのミュージシャンのみなさん。いや、洋楽のミュージシャンの皆様方。
極東の黄色いサル顔の娘たちは、まだ見た目とかルックスで音楽聴いてる低俗な連中です。
お願いですから、もう少し頑張って痩せてくださひ・・・ (TロT)