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2008/11/24

12歳の愛読書…( ̄。 ̄;)


本ってどんどんたまっていきますよね ( ̄ヘ ̄)ウーン

読みたい本がたくさんあるにもかかわらず、
時間が取れずどんどんたまって
結局『積読』になってしまっている今日この頃です(;^ω^A

そんななか、この前古本屋で↑の本を見つけました。

これは『ギリシア・ローマ神話辞典』というもので岩波から出版されているものですが、

実はこの本、ずっと探していました ヾ(>▽<)ゞ ウレシイ♪

どうしてかというと、タイトルにあるとおり
この本、私の小学校時代の愛読書だったからです(*/∇\*)キャ

生意気なガキですよね~~~(´・ω・`;A) アセアセ

自分でもそう思います(;A´▽`A

しかし、この頃、世界各国の神話にハマっていて
図書館を訪れては
世界各国の神話集を読んだり、
神話関連の本を借りたりしていました。

そんななか出会ったのが、↑の本。

すごく感激しました。
ギリシア神話の神様がこの本でほぼすべて分かるという。

ギリシア神話って、読んだことがある人ならお分かりかと思いますが、
登場する神様が多く、誰が誰だか分からなくなることがあるんですよね。
しかも、神話だけに諸説もたくさんあり、
登場する物語によって神様の役割も微妙にちがってくるという…

そんな時、この本は非常に役に立ちました。
分からなければ、この辞書を引けばすぐに答えが分かるし、
諸説や起源なども分かる。

以来、この本は私の愛読書となり、
貸し出し期限が過ぎても、期間延長を何度も何度も申し入れて、
常に携えておりました。

さすがに半年ばかり過ぎると
図書館員の人も怒ってしまって
もう貸し出すことは出来ないと
その本を借りることが出来なくなってしまいましたが。(;^ω^A

それでも、この本のことは忘れずずっと手に入れることが出来たらなと思ってました。
でも、この本すでに絶版になっていたんですよね
のちにリニューアルされて再販されたらしいんですけど、
それも知らないまま、再び絶版になってしまったようです。

しかし、数ヶ月前近くの古本屋さんに行ったら
この本が売っていたんです (≧∇≦)キャー♪

速攻で買いました v(≧∇≦)v イェェ~イ♪
お値段、950円
絶版の古本としてはかなり安いと思います。

最初はフツーに表示された値段の半額かと思ったんですが。
さすがにそうはいきませんよね(; ̄ー ̄A

『古書』扱いでそれなりの値段を取られてしまいました

でも、ぜんぜんかまいません。
むしろずっと探していた本が手に入ってご機嫌です(o・∀・o)

昔をなつかしみながら、
この本を読んでます ( ^ ^ )Y ピース!

2008/11/19

いまさらながら・・・(;^ω^A


いまさらながら、ハリポタ7巻読みました(;´Д`A ```

いやね(〃▽〃)、買っていたんでござんすよ、7月の発売当日に
にもかかわらず、4ヶ月近くも放置してしまって トホホ・・(;´д`)ノ

どうしてかというとですねえ、
7月8月はバイトで忙しくて読む暇がなかった(^_^;
ほんとっに忙しかったんですよね~~~
多分塾講師をやったことがある方なら分かると思うんですけど
本当にご飯を食べる暇もないほど忙しいんです! (*`Д´*)

それと、これがもっとも大きな原因なんですが、
日本語訳がねえ・・・((((´=д=`))))) ブルブル・・・さむぅ
ひどいんですよ、これが…
もうしょっぱなからまずいって言うか…
もともとこの翻訳者の訳が好きではないということもあるんですけど、
それにしても、あの翻訳はひどすぎるプンスコo(`ω´*)oプンスコ

いつもは、原書のほうを読むんですが
今回はちょっと原書を読んでいる暇がなかったんで、
日本語訳で済ませようと思ったのが間違いだった…Σ( ̄Д ̄;)がーんっ!

で、結局読む決心が付くまで数ヶ月を要しました(; ̄ー ̄A

感想はですね…

良いんじゃないでしょうか(〃▽〃)
多分いちばん面白かったと思う。
もちろん謎にされてきた部分が解明されたということもあるんだけれども、
それ以上に、この間になって初めて作者のオリジナリティが出せたんではないかという…

正直言って、この作品に対しては
面白いと思う反面、ほかの作品の借り物的な印象がぬぐいきれず、
読むたびにネタ元が容易に推測できてしまうところがあって、
素直に好きということが出来なかったんですが、
(例の『分霊箱』のところもね(^_^;、そっくりなんですよ『ネ○ャン・サーガ』に)

今回はそんなこともなくすんなりと読めたのがよかったです。
特にハリーとヴォルデモートの不思議なつながりについての説明は
よかったんじゃないでしょうか?

魔法がヴォルデモートの魂を破壊し、その一部がハリーの中にとどまってしまった結果
自分が死を受け入れなければ勝つことが出来ないという筋は秀逸だったと思います。
物語としても面白いし、メッセージ性もある。
ようやく真の物語として機能したんじゃないでしょうか?

ただ、ただね、
ひとつ大きな問題が…

それはやっぱり翻訳ですよ

あまりにもひどすぎる (`Д´) ムキー!

正直、こんな汚い、ひどい日本語訳は見たことがないですよ
訳者自身は「日本語としても素晴らしいものにしようと呻吟するほどがんばった」と
あとがきに書いていますが…

その割にはぜんぜんよくないんだよねえ…( ̄。 ̄;)

多分いままで翻訳をやったことがないというのもあると思うけど。
元は通訳をやっていた人でしょ、松岡さんって…。
通訳と翻訳ってぜんぜんちがうと思うんですよ。
「通訳」は話している人の言葉をその場ですばやく翻訳して
相手に意味を伝えるのが最優先されるわけで…。
つまりは意味が伝わっていればいいわけで、はっきりとした文章にする必要はない。

方や、「翻訳」という行為は、
意味が伝わるだけではなく、日本語の文章としても成立している必要があり、
そういう意味では、作家並みの文章力が要求されると思う。

残念ながら、松岡さんには文章力はないと思う。

たとえば「双子の笑顔が衝撃で歪んだ」という文章が上巻にあったんですが
これって日本語としてはおかしな文章ですよね?
英語ではこういう文章は当たり前だけれども、日本語ではありえない。
そうしたら、この文章をもう少し日本語として成立するよう近づけなければならない。

なのに、松岡さんはそれをせず、そのまま原文のまま翻訳してしまっている。

もちろん、あえて翻訳調に書いてにせる文章というのもある。
大江健三郎さんみたいなね、文章ってありますよ、確かに。
でも、ハリポタはそのような純文学の作品じゃないし、
ファンタジー小説であり、児童文学でもある。
子供たちにも理解できるような文章で書かなければならない。

残念ながら、まだ原書を読んでいないんで
もとの文章は正直なところ、分からないんですが、
でも、明らかに原文をそのまま訳しただけというのは分かる。

しかし、それでは絶対だめで…
もう少し日本語としてこなれたものにしないと

たとえば、単文になっている文章を複文に変えて
「衝撃が双子を襲い、二人の顔から笑顔が消えた」にするとか…
これはかなり意訳なんだけれども、日本語としては意味が通っているし、
ニュアンスもしっかり伝わっていると思う。

もう少し原書に近づけたいとするならば、
「双子は衝撃を受けて、その笑顔が奇妙に歪んだ」にしてみてもいい。

とにかく「~~~は~~~した」という翻訳はだめ!! ダァー(゚ω゚)bメッ!!

学校でも習いませんでした? 
無生物主語は必ず「~~のせいで」という風に訳さなければだめだと。

そういう基本的なことすら忘れてるようじゃ
ちょっと翻訳者としてヤバいんじゃないかと…

しかも子供もたくさん読んでるわけだし
かくいう私も高校生になって読んだ作品だからねえ

そのときでさえ、「なんか文章、古くね?」って思ったものだよ…( ̄。 ̄;)

とにかく、そのまずい文章、なんとかしてくださーーい!! m(_ _)m

2008/03/06

ドストエフスキーを読んで考えた。


この前、とうとう『白痴』を読み終えた。
実はこの本、あまりの難解さに、読んでは手を止め、
読んではやめをくりかえして、
読破するのに1年半近くも要してしまった。

ドストエフスキーは最も好きな作家の一人で、
『カラマーゾフの兄弟』を読んで衝撃を受けて以来
彼の作品をいろいろと読んでいるんですが、
この『白痴』だけはなかなか頭に入っていかなくて、
すごく困ってしまった。
『カラマーゾフ~』は3日で読みきってしまっただけに、
よけい……。
でも、すごくおもしろかったんですよね。
というより、彼の作品らしくすごく考えさせられました。

ムイシュキン公爵とナスターシャの二人の運命の残酷さに
ドストエフスキーは何をいいたかったのだろうかと。
『白痴』というタイトルをつけてはありますが、
ムイシュキンにしても、ナスターシャにしても
彼は『白痴』という言葉を本来の意味としてではなくて、
『世間に適応できないほどの純粋さ、繊細さを持つ人』という意味で使っている。
もしかしたら、アグラーヤも『白痴』なのかもしれないけれども。
だからこそ二人の純粋さが痛々しく、
ものすごく心に突き刺さるというか。
どうしてドストエフスキーは
ああいう悲劇的な結末にしてしまったのだろうかと。

私としては、ナスターシャは別にしてもムイシュキンだけは救ってほしかった。
長い闘病生活を経て(ここでもドストエフスキーはその純粋さゆえに、
世間に適応できず、精神的病で闘病を強いられたことを匂わせている)、
ようやく普通の世界(=世間、社会)へと出ることができたのに、
ふたたび病院へ逆戻りさせられるのは悲しすぎる。
しかも『発狂』という最悪の形で。

世の中にはムイシュキンやナスターシャのように
世間に適応できず、もがき苦しんでる人はたくさんいる。
そういう人たちを励ましてあげるためにも、
最後には何らかの『救い』がないと、やりきれない。
すごく後味が悪い結末というか。
もしかしたら、
だからこそドストエフスキーはみんなに世間というものについて
考えてほしいと思ったのかもしれないけれども。

最後のほうは読むのがすごくつらかったです。
アグラーヤがいきなり『純粋さ』を捨て、
『世俗』に走っちゃうところも。
もしかしたらアグラーヤは二人の悲劇的結末を見たからこそ、
二人のようになるまいとして、『世俗』を選んだのかもしれないんですけれども。

正直いってすごく長いし、難解です。
個人的には『カラマーゾフ~』をおススメしますが、
この『白痴』もかなりおもしろいです。
ドストエフスキーはなんでもいいから、
絶対一冊は読んだほうがいいと思います。
単なる『教養』としてではなく、単純におもしろいですから。
文学の本当のおもしろさを教えてくれる数少ない作品の一つですよ。

2008/02/29

夏の花・心願の国


高校生の頃、マニアックな小説ばかりを読んでいた。
他の子たちが太宰やら村上春樹やらにハマっていたなか、
自分だけマイナーな作家を読むことがマイブームになっていた。
伊藤整、野間宏、夢野久作など。
そして、この原民喜もその一人だった。
↑の写真は、彼の作品の一部を収録した短編集。

広島での被爆体験を持つ筆者でなければ書けない、
終末を思わせるような描写が特に眼を引いた。
私が彼を知るようになったのは遠藤周作を通じてなのですが、
なんでも遠藤は、原民喜の自殺に衝撃を受けて小説を本格的に書くようになったそう。
↑の作品には彼の遺書が掲載されていて、
当然遠藤のことも記されています。

この前押入れを整理していたら、偶然この本が眼にとまり、
思わず読み返してしまいました。

今改めて読んでみると、
高校生のときに読んだのとはずいぶん違う印象を受ける。
やっぱ高校生のときはよく分かっていなかったところがあったんだな。
いまになったようやく彼の書きたかったことが分かったような気がします。

最近日本文学全集とか読む人が少なくなってるから、
こういうマイナーな作家にスポットライトが当たることはないけれども、
良作を残している作家は多いです。
そのほとんどが絶版になっていますけれども、
ブック・オフとかにはフツーに100円で売ってるので、この機会に読んでみては?

2008/02/22

澁澤龍彦幻想美術館

明日(というか今日か)は久しぶりにバイトもなくて、休めるということだし
大量に更新しますよ~!
とういことで、久しぶりに本の紹介を。
この本は、先日某大型書店に行ったときに
一目惚れしてしまい、2700円という値段だったにもかかわらず即買いしました。
(法律の本に比べれば十分安いんですが…)
澁澤は大好きな作家の一人で、河出文庫を中心にほとんどの作品を読んでいるのですが、
この本の存在はまったく知らなかったというか、ノーマークで
こんな本が売っていたのかとすごくびっくり。
そして、更に驚いたのは、澁澤の書斎の写真があること。
ページが観音開きになっていて、部屋の全部が見れるようになっているんです。
一部しか見たことがなかっただけに、うれしい驚きというか、
それだけで、2700円分の値十分というか、おつりがきてもおかしくない。

わたし、本当に澁澤の部屋に憧れていて、
ずっと前から自分の部屋もああいう部屋にできたらなあってずっと思っているのですよ。
少しでも彼の部屋に近づこうと、貝をたくさん集めたり、蝶の標本を置いたり。
ちなみにウチの父は蝶の標本を作るのが趣味で、
わざわざ東京の専門店まで行って標本の道具を買ってくる熱の入れよう。
そういうこともあって、家にはたくさん標本があるのですよ。
で、父から少し融通してもらったり。
もうスゴイ状態なんですけれどもね。
小さい頃から本が大好きな上に、母親も本の虫だから、ウチはまるで図書館状態。
本の収納に大変困ってます。
ちなみにウチの部屋の一部を紹介すると ↓↓↓↓↓


これは自分の部屋の本棚の一部なんですが、もうほとんど収納できなくなりつつなっております。

で、押入れの中もどうなっているかというと ↓↓↓↓↓


もう文庫だらけ。1ヶ月に少なくとも10冊は読むから、すぐに本で一杯になっちゃうんですね。
これでもだいぶ読まなくなったほうなんですよ。
中学、高校のときはもう一日一冊のペースで読んでたときもあって、ホントすごかったというか。
ウチってちょっと変わってて、いわゆるプレステとかああいう家庭用ゲーム機というものを
買ってくれなかったんですよ。それに、あまりおもちゃも買ってもらえなくて、
ただ一つ買ってもらえるのが本だったというわけで。それで本好きになっちゃった。

自分の読んだ本ってなかなか処分できない。あれもこれも大事だからって取って置いちゃう。
自分がどれだけ知識を身につけたかを目に見える形で置いておきたいんでしょうね。
本棚見ると安心するもん。で、法律関係の本を合わせるととんでもないことに。
まだ他にも日本文学全集やら世界文学全集、ブリタニカを初めてする百科辞典集が2,3種類あって
もう家中本だらけでございます。
ひそかにどこか一室を書庫にできないかと画策中ですが、実現は程遠いです。

2008/01/02

あけおめ

あけましておめでとうございます。
今年もがんがん更新していきますよ~。

で、お正月早々購入した本がこちら。
                           ↓↓↓↓↓
すっごい味気ない表紙でしょ?
実はこれ洋書なんです。
洋書は結構好きで買って読んだりしてます。
英語はそれほど得意というわけではないんですが。
それでも、翻訳では分からない微妙なニュアンスとかそういったものを知りたいときには
原書のほうがずっといいんで。
本当に好きな作品はなるべく原書で読むようにしてます。英語限定ですが。

ちなみになんの本かというとsylvia plathというひとのarielという詩集。
彼女、作者は女性なんですが、sylvia plath―シルヴィア・プラス―はアメリカ出身の詩人で、
30歳のときにガスオーブンに頭を突っ込んで自殺をした、英米文学では知らぬものはない超有名人。
近年グウィネス・パルトロウが映画『シルヴィア』で彼女を演じたことでも話題になりました。
映画好きの方は、すでに知っていたかもしれませんね。
わたくし、実は彼女の詩が大好きで、たくさん邦訳を持っているんですが
原書まで手が出せなくて。詩の原書ってすごく難しいでしょ?
詩独特の文法や、韻律があったりして、なかなか読みづらいというか。
でも、最近イェーツの原書を読んだらけっこう読めたので、
詩も原書でいけるのではないかと思い、思い切って買ってみました。

やはりシルヴィアの詩はさすがに一筋縄ではいきませんね。
すごく難しいです。言葉も多いし。
日本語訳を思い出しながら、ちびちびと読んでいる毎日。
詩の訳って、小説よりもずっと難しいと思うんです。
英詩独特の言い回しや韻律も表さなきゃいけないし、
更には日本語として成立する文章にもしなければならない。
訳詩を読んでもけっこう納得いかない部分も多くて
原書で読んではじめて分かるということも多いんだけれども
シルヴィアの詩は原書で読んでも分かりづらい。
基本、英書でもそれなりに読むことができるんですが。
これはニュアンスや訳もあまりとれない。もっと格闘する必要があるようです。

追記
プラスの日本語サイトがありましたので、のせておきますね。
こちらに行くと彼女の原詩と日本語訳を見れますよ。

2007/12/11

買っちゃったO(≧∇≦)O

先日に引き続き文学ネタを。
ずっと欲しいと思っていた本をとうとう手に入れました。
どんな本かというと、こちら↓


意外に思った方も多いでしょう。先日文学とはなんぞやと大口きっていた奴が
なんでこんな子供が読む童話をのどから手が出るほど欲しがるかとお思いでしょう。
確かに仰るとおりなんですが、わたしが欲しかったのは作品うんぬんというよりも、
この本に書かれているイラストがずっと見たかったんです。
イラストレーターの名前はハリー・クラーク。
いったい誰? と思われた方は多いのではないでしょうか?
しかし、創元推理文庫の『ポオ小説全集』を読んだことがある方は
少なからずも彼のイラストを見たことがあるのではないでしょうか?

↑のイラストです。これはポオの『モレラ』という短編からのイラスト。
この絵を見てビアズリーを思い浮かべた方も多いでしょう。
そうです。このハリー・クラークはビアズリーとほぼ同時期に活躍したイラストレーターで
彼の影響は色濃いです。しかし、ビアズリーとは違ってクラークのほうがもう少しクラシカルというか、
彼はもともとアイルランドでステンドグラスの作家として活躍していたので、
ビアズリーよりも古典的で、ゴシックな趣が強いんです。
そこが私的にはツボといいますか、ポオの猟奇的で、耽美的な作品世界に
すごくあっているというか。
実際、クラークはポオ作品のイラストを手がけ、名を上げたことですし。

で、ずっと欲しい欲しいと思っていたのですが、
まあ、試験などもありいろいろと忙しくて買う暇もなく、
またお金もなかったというか。
今月バイト料が入ったということもあり、思い切って買っちゃいました。

カラーイラストなんかも入っていてすごくいいです。大満足。
しかし、やはり初期の作品というだけあってまだビアズリーの影響が強いです。
クラークのあの奇怪な、ともすると露悪的になりがちな過剰な装飾はまだあまり見られない。
まだ描線も細くて、すごくビアズリー的。でも、クラークの個性はすでに出始めている。人物の表情とか。
ビアズリーだと人物はわりと平坦というか、表情をつけないで描くことが多いのですが、
クラークは細かに表情を書く。その表情がまたすごく奇怪でいいんです。
この童話集は、そんなクラークの非凡の片鱗が垣間見ることができます。
ゴスとか、または夢野久作や江戸川乱歩などが好きな人にはおススメです。
実はゴシック・ロックに絡めて取り上げたかったのですが、ちょっとここで取り上げてみました。

彼のイラスト集は残念ながら日本では発売がありません。
外国でも絶版になっているものが多いようです。
わたしは偶然学校の図書館で『エドガー・A・ポウと世紀末のイラストレーション 内田市五郎(1986.11.20/岩崎美術社)』というイラスト集のなかで見ることができたのですが、
この本もAmazonでは売ってはいますが、絶版ということもありすごく高価です。復刊を希望します。

2007/12/10

ヴァージニア・ウルフ

文学ネタを少々。
最近、↓の本を読んでいる。

最近といっても、以前も読んだこともあり、もう何回も読んだりしているんだけども、
この作品だけは飽きないというか。読むたびに新しい発見があったりして、よく読んでいます。

作者のヴァージニア・ウルフはイギリスの女流作家で、
ジェムズ・ジョイスとともに「新心理主義」、いわゆる意識の流れ文学を確立した非常に著名な作家です。
しかし、イギリスを初めとする欧米では非常に高い評価を受けているにもかかわらず、
日本ではあまり有名ではないというか、ジョイスに比べると評価はあまり高くない。
翻訳本が出てもすぐに絶版になっちゃうし、どうしてなのかはわからないんですが。
おそらく「女性」ということがネックになっているんでしょうね。
正直、女性で文学的手法を確立した欧米作家というのは日本ではあまり評価が高くないです。
シルヴィア・プラスもしかり。彼女は欧米ではフェミニズム文学の祖といわれているのですが、
日本では一部の文学者以外知られていません。
まあ、あまり日本では女性の外国人作家というのは高く評価されないものですが、
女性で、文学的手法を提唱するというのは、
女ごときが新しい文学の流れを主張するなんてどーよという意識が、
日本の文壇のなかにあるような気がする。
最近、女性作家の台頭が著しいとかいわれているけれども、
でも、注目されているのはどちらかというと恋愛文学をよく書いている作家だけで
笙野頼子とか多和田葉子みたいな作家は注目されていないような気がする。
二人とも文学評論家の評価は高いみたいですが。

日本の最近の文学には正直あまり関心がなくて、
むしろなんでこんなものが売れちゃうの~みたいな思いがすごく強くて、
特にわたしと同い年の綿谷りさや金原ひとみが芥川賞を受賞したときは
正直驚いたというか、あんな作品が賞をとれちゃうんだと
芥川賞のレベルの低さに逆に衝撃をうけたというか。
たぶん、本を読んでいる人なら分かるけれども、
綿谷りさは山田詠美の若い頃の作品にそっくりだし、
金原ひとみは逆に村上龍の作品にすごく似てるんだよね。
だから、まあ賞をとっても仕方がないといえば仕方がないんですが、
山田詠美と村上龍は二人とも審査員だからねえ。
自分と同じ文学傾向を持つ人を選ぶ気持ちは分からなくもないし。
それよりも、どうして村上春樹は芥川賞をもらえないのか
そっちのほうがずっと問題だと思うんですけれどもね。

と、最近の日本文学には覚めた目で見ているわたくしですが、
このヴァージニア・ウルフの作品はすごく面白いです。
とにかく彼女の視点が面白い。
普通、作品って主人公の視点を中心にして書かれるでしょ?
でも、彼女はいきなり自分(筆者)の視点から書き始めるんです。
映画のように遠景から始まってしだいに主人公にクローズ・アップされて、
そこで初めて物語が始まる。その描写がすごくて。
なんか違うなあと思って引き込まれちゃう。
すごく難解なんだけれどもね。意識の流れを扱う作家って基本的にみんな難解です。
ジョイスやプルーストもしかり。
でも、根気よく読んでいけばすごく面白いですよ。
文学って読みやすい、分かりやすいだけがいい文学だとは思わないの。
時には難解な、作者と格闘するような手応えのある作品を読むことも大事だと思うんです。
確かに読んだ当初はなんじゃこりゃって思うかも知れなけれども、
時が経つと筆者のいいたいことも分かってくるようになるし。
最近流行のケータイ文学とはまた違う面白さがあると思います。
一度難解な作品と格闘してみては?

2007/09/29

あ"ー、読みたい・・・

最近、まったく本を読んでいない。
いつもなら月に10冊近くは本を読む当方。
ここ2、3ヶ月は勉強に追われて、まったく本を読んでいない状態。
にもかかわらず、本屋に行くと読みもしないのに本を買ってしまい、未読の本がどんどんたまって、しかもその本を間近に見ながら勉強しているから、余計フラストレーションがたまるばかり。
先日後輩より『ハリ・ポタ』七巻をとうとう読破しましたと聞かされて、
思わず発狂しそうになった。
いいなー、いいなー。

面白かった?と聞いたら、すごく面白かったとのこと。
しかし、ラストは予想通りとのこと。
古今東西のファンタジーの傑作の一番おいしいところを剽窃したような作品だからな。 容易に想像はつく。
基本、『ハリ・ポタ』シリーズは日本語版は読まない。以前読んだときに、あまりの邦訳のひどさに日本語版を読むのをやめた。
多少時間がかかってもいいからと全ての巻を原書で読むことにしている。
そんなに難しい英文ではないし、自分の英語力を鍛える上でもいいかなと実益も兼ねて読んでいるんですが・・・。
しかし!!! しかしですよ。いっちょまえにかっちょいいことを言っていますが、
私の英語力はみなさんの英語力に多少毛が生えた程度で、まったくをもってお粗末なもの。
普段英雑誌を読んだりしているとはいえ、その読む進度は日本語よりも当然に遅い。
邦訳なら4時間もあれば読めるハリ・ポタも原書で読むと、1時間30Pが精一杯。
分からない単語がいっぱい出てくるし、やはり生ものの英語だから、時には文法をはしょって表現することもある。その行間を読み取るのが非常に大変。
知らない単語は前後の文脈から読み取るからいいとして、問題はやはり文法。
作者のローリングさんの文章って正直へたくそじゃありません?
結構文法の誤りとか多いし、それに英文のタブーとされている受動態の多用が多いような…。
アメリカ人の友人曰く、より口語を意識しているからそうなったのだろうとのこと。
でも、明らかに前後の文脈とは違う構文がちらほらと。
トールキンやC.S.ルイスを読んだときは、すんなり読めたのに。
この二人の英文は本当に素晴らしいんですよ。日本人の私にも素晴らしさが分かる文法の美しさ。
彼らの文章を読んで、自分の習っている英語は少なくとも間違いじゃないと思ったものです。
しかし、ローリングさんは…。どうなんでしょうね? 
結構英文学を原書で読むのが好きで、ローレンスやV・ウルフとか読んだりしてるんですが、
なんか文章の質が違う。やはりローリングさんの英文はより現代風なんでしょうか?
ネイティヴでもない、帰国子女でもない、日本のお粗末な英語教育しか受けていない者には厳しいんですが…。