2008/03/15

PICK UP:the cure その⑥:robert smith氏の音楽的背景について②-1

ちょっと飛びましたが、少しまた前に立ち戻って
ロバート・スミス氏の音楽的背景―特に歌詞的背景にせまりたいと思います。
ロバート・スミス氏はクラシック音楽に影響を受けているところがあると書きました。
しかし、多くのミュージシャン達が影響を受けているのは、
曲の面だけではなく、もっと別な部分かと思います。

以前、多くのバンドがその影響を公言しているというところで、

愛 失恋 絶望 幻想がテーマなんだ。

とリンキン・パークのメンバーのcureについての発言を載せました。

実はcureが多くのバンドに与えた影響というのは、この歌詞だと私は思うのです。
ロバート・スミスという人は、欧州人らしく非常にペシミステッィクなところがあるというか、
物事をなんでも悲観的にとらえる傾向にある人のようです。
しかし、その悲観的な世界観こそ、NINをはじめとする
現代のオルタナティヴ・ロックにもっとも大きな影響を及ぼした部分だと思うのです。

では、彼のこのペシミスティックな視点というのはどこから生まれたのでしょうか?
私はある事実に注目したいと思います。
彼は比較的裕福な家庭に生まれて、育ったようです。
ロンドン郊外のクローリーという南部の町に住んでいたということですから、
典型的な中産階級の郊外の生活を送っていたということは容易に想像できるでしょう。

余談なのですが、
イギリスのロックを語る上で重要な事柄だと思いますので、
ここであえて記しておきたいと思います。
イギリスは階級的に南北に大きく分けられると思います。
北部には労働者階級が。南部には中産階級が住んでいるという構造です。
イタリアとは逆ですが、南部に住んでいる人たちは比較的裕福な家庭が多いです。
典型的な例としては、マンチェ出身のギャラガー兄弟とロンドン出身のデーモン・アルバーンですよね。
90年代半ばに『北部の労働者階級VS南部の中産階級』という触れ込みで、
さんざん話題になりました。あれです。
いくぶん誇張があるかとは思いますが、
北部人たちが南部の人に持っている階級的嫌悪またはコンプレックスは
多少なりとも間違ってはいないと思います。


ですが、ロバートに関していえば
彼は完全なる中産階級出身者ではないようです。
なぜなら、彼は『comprihensive school』といって
いわゆる日本でいうところの公立学校に通っているからです。
中産階級ならばたいていはパブリック・スクールに通います。
たとえ経済的に豊かでなくても、
パブリック・スクール並みのハイレベルな教育を受けることのできるグラマー・スクールもあり、
それなりに階級が上の者なら、たいていどちらかに行くのが普通です。
なのに、彼はそのどちらにも行っていない。

それはなぜなのか。

もちろんいくつか理由があると思います。
まず彼の家庭がカトリックの家庭だということがあります。
パブリック・スクールはあまり宗教教育をしませんから(しても英国国教会の教義のみ)、
カトリックの環境で学ばせたいというのであれば、公立学校でも仕方がないでしょう。
このカトリックに育ったということも実はかなり重要です。
そして、もう一つ。これもかなり重要かと思います。
彼のお父さんは厳密には中産階級出身ではないということです。
いろいろとbiographyを読んでいると、
もともとお父さんは北部の出身で、
かなりの苦労をして成功を収めた人物のようです。
いわゆる『respectable working class』
―一代で階級を成り上がった人物だったと思われます。
しかし、彼のお父さんはそうとうなハンデがあったでしょう。
労働者階級で、しかもカトリックというのは、
イギリス社会では障害にしかなりません。
イギリスにおいてカトリック出身者というのは出世が限られている場合がほとんどなのです。
おそらく世界史を勉強されたことがある方なら分かると思いますが、
最近まで『カトリック禁止令』という法律があったように、
イギリスでは要職につく人は、カトリック出身者であってはいけないというのがありました。
もちろん今では廃止されてますが、その風習は今でも根強く残っています。
お父さんの苦労というのは並大抵なものではなかったでしょう。

しかし、ロバートのお父さんには相当な信念があったと思います。
おそらく彼はカトリックの教義に強く支えられていたんだと思います。
のちにロバート・スミス氏が語っているように、
お父さんは非常に強い信仰の持ち主だったそうです。
しかし、それは時として子ども達にとっては強い抑圧となりうつことがあります。

そして、スミス家の子ども達にとって
「カトリックの教義」は文字通り「大きな壁」となって立ちはだかりました。
ロバートは雑誌のインタヴューでこう答えています。

自分が子どものころ、よく父親と兄がカトリックの教義について議論をしていた。
なぜなら兄は共産主義者だったから。でも、いつも兄は父には勝てなかった。

ロバート・スミス少年はこの二人の議論を見て、
非常に感ずるところがあったようです。
そして、彼もまたお兄さんと同様
カトリックの教義と自分の信心とのあいだで板ばさみとなります。
この信仰と自分とのあいだでどのような折り合いをつけるのか。
それは少年時代から青年にかけての
ロバート・スミスにとって最大の関心事であり、
cureの世界観を形作るのに最も重要な、まさに「核」の部分となってゆきます。

では、どうやって彼はカトリックを克服したのか。
それは次回で詳しく説明します。

4 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

うわぁ、Makoさんならではの解析。続きがすごーく楽しみです。
欧米の人々ってやはり「キリスト教的考え方」というのが奥底に絶対ありますよね。アメリカ人とか、そういうところがあまりにストイックすぎてちょい怖いけど。
原罪意識っていうのが一番大きいのかなあ。何かにつけ、判断の基準にキリスト教徒的なものが出てくるんですよね・・・
カトリックもプロテスタントもその他もろもろ、私はどうも「キリストを信じる者だけが救われる」思想がだめなのですが。

ミドルクラスとワーキングクラスっていうのはいくらイギリス人がもうクラスなんてない!って主張しようが、しっかり存在してます。
相棒は典型的アッパーミドルの出身です。何せ生まれた時からもう入るべきパブリックスクールが決まってた人ですから。リベラルなんですけど、ちょくちょく階級意識は出て来ちゃいます。
そして中産階級であることに罪悪感みたいなのもあるみたいです。

元々はワーキングクラスで、しかもカトリック。アイルランド系の人にはそういう人多いですけど、南部では珍しいかも。やはりロバさんの初期の歌詞ってそういうのが大きく影響されてるんでしょうね。

続き、ほんと楽しみです。無理しないで、体調よい時にUPして下さいね。

hender(mako) さんのコメント...

sheelaさん、私の拙い分析、いつも読んでくださってありがとうございます。

相棒さん、すごいですね~。生まれたときにもうパブリック・スクールが決まっていたなんて。
でも、アッパーミドルクラスにとって重要なのは、どこの大学に入るかではなく、どこのパブリック・スクールに入るかですものね~。そこで人脈を形成し、閨閥をつくる。
イギリスの上流階級のしきたりです。

ロバート自身は中産階級ですが、お父さんがそうではなかったために、少し特殊な環境に生まれ育ったんだと思います。
それが歌詞の世界に反映しているのではないかと。
つづきはまたあとで書きますが。

「キリスト教」というのは欧米人にとっては、倫理・道徳に匹敵するものですから、やはり物事の判断の基準は、たとえリベラルな人であっても、結局はそこに辿り着いてしまうものではないでしょうか。
私は『ライラの冒険』というファンタジー小説を読んで、そのことを実感させられました。

また近いうちにUPするので、読んでくださいね。

匿名 さんのコメント...

これをすべての人に読ませたいですね。
cureはどういうわけかフランスで一番人気があるし、
カソリックの国で特に人気があり、典型的英国バンド
とはカラーが違いますよね。
その辺を分析した完成された文書を待ってました。
(見当ハズレの評論家沢山いましたから。)

カソリックの方が土着的で古いものを大切にします。
ゴスの美意識はカソリック的であり、それに反対する
異端でもある訳です。
カソリックあっての退廃や、異端がヨーロッパ文明だと思います。
私はそういった思想があるcureが好きです。

hender(mako) さんのコメント...

百頭人さん、お久しぶりです。
拙い文章、読んでいただいてありがとうございます。

cureは母国の英国よりも欧州大陸に人気があるというのは、やはりカトリックの土壌が大陸のほうが根強いからだと思うんです。

哲学はカトリックとの軋轢によって誕生したものですし、cureの音楽が支持されるのもカトリックとの相克が歌詞のなかに垣間見えるから、人気が高いのではないかと。

逆に英国に人気があまりないのは、ロバートの哲学的視点が、哲学を好まない英国人には難解すぎるからなんだろうと思います。

カトリックなくしてはヨーロッパ文明はありえないというのはその通りだと思います。